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ありがとう。


さくの火葬が終わりました。

さくとのお別れには
両ばぁばもお見送りに駆けつけてくれました。
ありがとうございます。

息子2は
さくが亡くなった時から
『骨にしないで』と何度も言っていて、
火葬の時には
骨にしない!お花あげちゃダメ!バイバイしない!
泣き叫びました。
こんなに大泣きすることは滅多にない。
お別れしたくなかったのかな。
私の代弁をしてくれたのかな。

4歳になったばかりの息子、
この1年ちょっとで
本当に何度ものお別れを経験しているから、
わかっているんだよね。


もう
家を出る時ストーブつけて出勤することもない、
仕事から帰宅しても待っていてくれる子もいない、
わんごはん作ることもない、
何をするにも
居ない実感しかなく
何のために生きているんだろう?と思ってしまう。

当たり前だった足音が聞こえない。
寝ている時の足元の寝苦しい重さもない。
何気ない全ての時間に
あの子たちの存在があって
無意識だけど
それはそれは大きな存在で。


しずくが亡くなった途端に
さくさんの状態が悪化して
しずくの悲しみに浸る余裕もなく
ずっとずっと全力疾走で駆け抜けた。
仕事終わってからの通院
帰宅が20時近くなるので
子供のお迎えから家事育児は父さん任せ
父さんは朝早く出勤する毎日で、
うちの中は家事が行き届かずてんてこ舞い。

見兼ねたばぁばが
日中うちに来て
さくを病院に連れて行き
夕方までさくの様子を見て
夕食まで作ってくれたので
後半はかなり助かりました。

亡くなる1週間前くらいから
スロープの上り下りもできなくなったので
夜はさくさんが起き上がったら
トイレに連れて行き
済ませたらまたベッドに連れて行く日々。
ステロイド服用していたから
お水はたくさん飲んだし
利尿剤服用していたから
オシッコもとにかく回数が多かった。


通院が1〜3日に1回だったので
通院のない日は自宅で点滴、注射、強制給餌。
茹でたささみを口にしなくなってからは
調理の工夫で焼いてみたり、
父さんもアイディア出しては調理に参加。
匂いの強い鹿肉やラム肉、馬肉、猪肉
食べるもの探し途方に暮れた。
形のあるうんこが出たら
写メ撮って共有喜び合った。

低アルブミン血症で
腹水胸水が溜まり
溜まっては利尿剤で出して
それが今度は腎臓に負担をかける。
腸の炎症が治らなければ
身体にタンパク質が吸収されない。
タンパク質が吸収されなければ
腹水胸水が溜まる
腸の動きが良くないから
食欲も出ないし食べても入っていかず嘔吐する。
食べなければタンパク質が不足するので
ますます腹水が溜まる。
腹水は血栓を引き起こす。
負の連鎖。

それでも私たちは
寛解に希望を持っていて
薬が効いて腸の炎症が治ることを
諦めなくて。
その結果さくには苦しい時間を長引かせて
しまったのかもしれないけれど
全力で一緒に闘ってきたつもりだ。
息子もばぁばもみんなで闘った。

さくを見送ったら
みんなを見送ったら
どーーーーっと悲しみが溢れてきて
…廃人になっています。

やっと介護もなくなって
ゆっくり眠れるはずなのに
遠慮なく寝返り打てるはずなのに
なんでだろう。眠れない。

ああすればよかったかな、
こうしたらよかったかな、
そんなこともたくさん考えるけど、
ばぁばも手伝ってくれたことで
私の精神面も助けられたし
やれることは精一杯やったという思いもある。
ラインやメールもたくさんいただいています。
お返ししないままになっていて
ごめんなさい。
読んでは涙して、
でもそのひとつひとつがあたたかくて
とても優しくて。
ありがとうございます。

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