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2010年9月14日 (火)

ゆうとの一周忌。

ゆうとの一周忌。

ゆうがお星さまになって、1年になりました。


ゆうとのお別れは、
お別れの選択は
とても苦しいものでした。

病院の酸素室で
苦しみながら生きるゆうとに
私は『安楽死』という決断を
なかなかできずにいました。

『ゆうとを殺すことはできない』

だけど、わかってもいました。

『殺すのではなく、楽にしてあげることだ』とも。

医師は、良くなる可能性もなく
目の前で苦しんでいるゆうとが
かわいそうだと言いました。

それも、わかっています。

だけど…キセキが起きて
良くなるかも知れない

その気持ちも諦めきれませんでした。


医師と、愛護団体の代表と、ジャガビー☆父さんは
話し合った後
ゆうとの安楽死を決めました。

最後まで泣きっぱなしの
母さんでしたが、
覚悟も決めました。


だけど、
父さんと病院に向かう前にゆうとは息を引き取りました。


母さんが苦しめてしまった。
ひとりで逝かせてしまった。
前の日のお見舞い、
眠ってるゆうを起こさず
そっと帰ってきたけれど
一瞬でも酸素室から出して、抱き締めてあげればよかった。

後悔ばかり、泣いてばかり。


ゆうは8月に東京に戻る予定でしたが、

それが決まった頃から
容態が悪くなり、

結果的に、私の側で天使になりました。

もしかしたら、
もっと高度医療でゆうとの病気が
良くなったのかもしれません。

けれど、移動のからだの負担というリスク
ゆうとが耐えられたのか、わかりません。


友達が言ってくれました。
『ゆうとはジャガビー☆さんちに居たかったんだよ』って。
『ジャガビー☆さんを悲しませないために、ジャガビーさんが病院に着く前にゆうとは自分で決めたんだよ』って。


その言葉に、どんなに救われたか…。


いまも、まだゆうの写真を見ると苦しくなります。

たくさんの後悔と、
もっとこうしていたら…そんなことばかり
もやもや考えます。

ゲージから、
いつもまっすぐな目で母さんを見つめる子でした。

パピーの匂いと、
痩せ細った筋肉のないからだ、
すべてがゆうだった。
だいすきだった。

ゆうとには
たくさんの方の応援がありました。
ご支援もいただきました。
たくさんの方に支えられて、ゆうとの限られた命を濃いものにできたと思っています。

いまも、気持ちの整理がつかず
納骨できず
ゆうもじゅーも、
リビングで過ごしています。

支えてくれる友達、家族、ありがとう。
ゆうとを思い出してくれてありがとう。


ゆう、
ずっとずっと大好きだよ。

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コメント

ゆうと・・・

私も大好き・・・

ももかさんへ
ゆうのこと、憶えていてくれてありがとう
頑張って生きたあのこが、ココロに生きていてくれること、
すごく嬉しいです

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